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ナイトライド・ストーリー

Chapter 13

節分を過ぎたので、やっと長かった(嫌なことは特に長く感じる)厄が明けた。

前厄、後厄を含めたこの3年間を振り返ると、本当に色々なことが起きた。酒井教授の病気に始まり、役員の抵抗と続き、3年目で更に想像もつかないようなことが起きた。

私は、厄について日頃親しくしている四国八十八箇所一番札所霊山寺の芳村秀全副住職に聞いてみた。それによると、厄というのは、悪いことではなく、健康、仕事、人間関係において、今までと環境が変わる節目のことであり、厄は次の成長のためになくてはならないものであると。

実際、私は、この3年間で起きたさまざまな事件を通して、多くのことを学び、また、人間的にも強くなった。また、社員も同様であり、事件を乗り越える毎に逞しく、結束力も強まった。そして、我々と縁のない者は去っていった。この3年間を乗り切った者は、これからも起こるであろう様々な困難に勇敢に立ち向かい、それを乗り越えて行くだろう。ということで、私は、悪いことは出し切ったという安堵感とともに、これからはよいことが起きるという前向きな気持ちでこの章を書いている。

実際、我々が保有する交流駆動AC-LEDの技術を、以前から取引のある韓国大手LEDメーカーソウル半導体が製品化に成功し、この1月末に、プレス発表を行った。このAC-LEDの技術は、一般的には、直流電源で駆動するLEDを家庭用の交流電源で駆動することができる画期的技術である。従来は、コンバーターを介して交流を直流に変換して使用しなければならず、コンバーターのエネルギー変換ロス、コスト、スペースの問題があった。一方、我々のAC-LEDの技術は、LEDチップ自体が、この役割を担うので、それらのデメリットを解消することができる。ソウル半導体は、新製品発表のコピーに「さようなら、エジソン」と掲げたが、まさにエジソンが電球を発明して以来の大きな発明と言っていい。我々が保有する紫外線LEDの技術とこのAC-LEDの技術こそが、次世代の白色照明として、電球、蛍光灯に取って代わるという自信を一層深めた。このように、会社としても明るい話題がここ数ヶ月で出てくるようになったことは、まさに厄が明けた証拠だろう。

おそらく読者の皆さんは、私が苦しんだ最後の強力な厄に関心があると思うので、差し支えない範囲でお話しよう。それは、新しく迎えたばかりの副社長を中心として、一部の強硬な意見の者によって演出されたのだが、「私が社長を辞めるか、全社員が辞めるか」という、どちらがいなくなっても成り立たないような大事件に発展した。

私は、この窮地を乗り切るために、究極の選択を迫られ、残った社員で本当にうまく行くなら、社長を退いてもいいと思った。なぜなら、本当にそれで会社がうまく廻るなら、何も、日々こんなに苦労しなくても、大株主として新社長に言いたい放題言っている方が気楽なので、私にとってもそれほど悪い話ではなかったからである。

それで、2ヶ月程、退いた振りをして様子を窺ったのだが、このままでは会社が駄目になってしまうと判断し、全社員が辞めても仕方ないという覚悟で、実権を取り戻した。

社長に限らず団体のトップは、ある一定のルールの中では、強力な権限を有するが、そのルールがなくなってしまうと、只の人になってしまう。アメリカの人気テレビドラマの「24」の2作目で、戦争に突入するかどうかという瀬戸際で大統領が副大統領の陰謀で権限を失うシーンがあるが、陰謀でトップが会社をコントロールできなくなることは簡単に起きる。陰謀を巡らす場合、幹部よりも私と接触する機会の少ない従業員を誘導することの方がたやすい。なぜならそれは、私という人間の本質を理解していない人に対して、「あいつは表向きこんなことを言っているが、心の底でこんなことを考えている」「裏でこんなことをやっている」といったデマをでっちあげることが容易だからである。人の信用を失墜させることが、いともたやすいことであると、今回の事件を通して、大いに学び反省した。

私が、このストーリーを敢えて公にしているのも、従業員、お取引先、その他関係者の皆様に、私という人間の本質を理解して欲しいという思いからであり、このようなことを避けたいからであるにも関わらず、このようなことが起きるのは、問題の根の深さを表している。つまり、お互いの信頼関係を構築するためには、しつこいほど念を入れなければならないということである。言わなくてもわかっているだろうという淡白な姿勢ではいけない。そして、あらゆる可能性を想定して、組織的に何段階にもバックアップ体制を整えておく必要がある。何年にも渡って築き上げて来た信頼関係を崩すのは、残念ながらたった一言で十分である。だから、壊されないようにすることは不可能であり、壊された場合の修復方法を考える必要がある。今までのストーリーを振り返っても、ほとんどが人に絡むことである。経営とは、まさに、人をコントロールすることなのだ。半導体という設備産業といえども、その本質はドロドロとした人間関係なのである。

今回学んだ教訓として、人の採用にあたっては、人間性が最も重要だと認識した。今迄は、反抗的態度を取る社員でも、やるべきことをやっていれば、大目に見てきた。しかし、それは甘い。どんなに素晴らしい企業であっても、会社に100%満足している社員はいない。むしろ、業績の良い会社は、社員に厳しいので、不平も多い。ただ、それを目に見えない強力なルールで縛ることができるのが大企業の強みである。ところが、ベンチャー企業の場合、厳しいことを言う役は、社長になる場合が多い。なぜなら、社長が一番真剣だからである。だから、どうしても、社長が煙たい存在になってしまう。正常な状態であれば、嫌々でも、その命令に従うことになるが、一度、デマが流れてしまうと、もともと反抗的な社員にとっては、命令を無視するための格好の口実になってしまう。

そもそも、社長に反抗的態度を取ることが常識では考え難いが、専門的知識において社長に勝る高学歴のエンジニアは、勘違いに陥りやすい。これはすべての高学歴の人にあてはまるわけではなく、一部に見られた傾向である。会社設立以来、数年間はどちらかと言えば、人間性よりも知識と経験を重視してきた。それは、会社が、何もないところから技術を生み出さなければならないフェーズにあったからである。すなわち、採用した人材を教育している時間的余裕がないので、即戦力となる経験者が必要であったし、実際に外部から高給でヘッドハントしてきた人材は、見事に成果を出し、紫外線LEDの開発に成功し、出力を着実に向上し、量産技術も確立した。

ところが、それは次の段階に入るところで、今までとは役割が変わってくる。今度は、知識、経験もさることながら人間性が重視される。知識、経験は、現場に入って1年もやっていれば身に付くが、その先は、人間性が伸びに大きく影響する。もちろん、知識、経験があって人間性が優れている人もいるので、高学歴の人が悪いと言っているのではない。当社は、高学歴の経験者を高給の年俸制で優遇してきた。彼らは、何もないところに技術を作り出すところまでは有効だが、それを更に発展させるところで、その論理的解釈が発展を邪魔することを発見した。特に、技術がある程度まで発達して、踊り場にさしかかった時、知識に頼ってきた彼らは、次に何をしたらよいかわからなくなる。また、知識が自由な発想の邪魔を始める。誰もできていないから、自分達にもできないと勝手に限界を決めてしまうのかもしれない。それで、論理的にできない理由を作り上げてしまい、できるように知識を応用することが少なくなる。これは、なぜかわからないが、多くの成功した経営者の口からも同じ発言を聞いた。

当社は、技術の基礎を築き上げるステージから、それをもとに次の技術を積み上げる第二ステージにシフトした。このシフトが行われない場合、成長は止まってしまう。そういう意味では、意図してやったことではないが、結果として、そのバトンは見事に引き継がれた。この4年間で成長した若い現場のエンジニア達は、更なる高出力化に挑み、バトンを引き継いでたったの数ヶ月で、なんと出力を倍近く向上させた。これは、現場のエンジニアの成長によるところが大きい。4年以上も製造装置を操作し、物質的特性の変化を肌で実感してきた彼らが、オフィスで文献を読み、彼らから上がって来る報告をもとに指示してきたエンジニアより、装置の特性と物性をよく理解していることは当然である。

意図しないでと書いたのは、今回、私が去るか全従業員が去るか、という究極の選択の結果として、高給で優遇してきた年俸制社員が副社長と一緒に会社を去ったからである。私は、この究極の判断をする過程で、私と現場のエンジニアだけ無事に残れば、十分やって行けると判断した。高学歴のエンジニアも残ってくれることを望んだが、それは残念ながら叶わなかった。ただ、結果として、彼らが残らなかったことによってバトンが正しく受け継がれた。それは、まさに第一フェーズが踊り場に来ていたからこそ可能であった。いずれにせよ、会社に批判的な発言、態度をする従業員がいなくなったことは大変意義深い。お陰様で、社内の雰囲気も明るくなり、みんなが働きやすい環境になった。あまり、詳細にこの件を語ることは、ふさわしくないので、後は読者の皆さんの想像にお任せする。


さて、話は変わるが、話題のライブドアの堀江貴文社長の書いた「儲かる会社のつくり方」の最初の方に、どんな商売を選ぶべきかということで、「コストがかからず、元手の少ないビジネスを探せ」という記述がある。

この記述を読んで、これはビジネスの成功を確実にするという意味においては正しいが、本当に儲かる会社かどうかという問いに対しては、「ノ-」である。確かに、元手のかからないビジネスは、リスクが少なく、成功の確率が高い。私も、イベント企画、機材リースから始まって、データ入力と、元手のかからないビジネスを手掛けたが、これらに共通するのは、損しないが利益率は低いということである。それにライブドアの決算の内訳を見ると、収益を稼ぎ出しているほとんどの事業は、上場後に買収した事業で、それも国内の事業に限られるので、外貨を獲得することはないので、日本全体でみればお金が回っているだけであり、ましてや、マスコミを買収して、何か経済にプラスになることがあるのだろうか。

私は、この会社を設立して以来、4年間で14億円近い大金を投資家の皆さんから、お預かりし、工場を建て、設備を導入し、人を雇用して、研究開発に没頭してきた。製造業にこだわったのは、日本が世界において優位性を保ち続けることができるのは、国際的な政治力やしがらみに関係なく消費者が自分自身の価値判断において製品を選択する製造業しかないと思ったからである。モノ作りを止めてしまったら、日本に将来はない。日本は、資源のない島国だから、高度な技術力と生産能力を取ったら何も残らない。それも、他社の真似できない世界最先端の技術開発力が重要だと思った。

世界に通用するベンチャー企業を起業して、日本の製造業に活気を取り戻し、産業の新しいトレンドを創造するという崇高な目的のために、酒井教授をはじめとして、大学関係者、ベンチャーキャピタルをはじめとする投資家の皆さんから、多大の支援をいただいて、事業に没頭してきた。我々が、最終的に目標と定めるのは、あくまで白色照明だが、そこに辿り着くには、まだ時間とかなりの投資を要する。従って、企業として存続するために、紙幣識別機等のセンサーの用途など、あまり出力を要求されない紫外線応用分野を市場として確保していくことが必要である。

お恥ずかしい話ではあるが、当社は、創業以来4期連続で赤字を計上し、一般的価値尺度で言えば、落第企業である。しかし、私たちが、実現しようとしているのは、新しい価値の創造であり、世界に通用する新しい産業を作り出すことである。半導体産業は、IT産業と違い、土地、工場建屋から、製造装置、検査装置に到るまで、多額の設備投資を必要とし、沢山の雇用を創出し、そこで使用される原材料も膨大である。これは、何を意味するかというと、調達した資金、稼いだお金が血となり肉となって社会に広く還元されるということである。多くのIT系企業の場合は、これらのお金は、企業の買収、その他の金融商品の購入など、実体経済を潤さない使い道に費やされることが多いように思う。それが、製造業の場合は、様々なモノの購入に費やされる。企業の買収は、株主が変わるだけなので、実体経済への影響はほとんどない。

従って、国としては製造業の育成をもっと促進すべきだと思う。そのためには、もっと行政の積極的介入が必要だと、最近思うようになった。私は、常々、行政は、民間事業に介入するべきではないと、講演会、パネルディスカッション等で訴えてきた。それは、事業のような不確実なものに血税を投入することの矛盾を正当化すべきではなく、企業の自由な意志にもとづく経済原則に従うべきだとの信念に基いていた。実際、当社は、民間VCから多額の投資を受けて、ここまでやってくることができた。

しかし、本当に大変なのは、その製品を企業に採用してもらうところなのだ。自分で、半導体の製造をやってみて、その大変さがわかった。本当に、なんと大変なことか。よく考えれば、当たり前のことだが、全ての製品が、故障することを許されない高度化した時代に、しかも日本の工業製品に求められる品質基準は世界で最も厳しい。だから、行政による、支援・優遇措置が必要である。

たとえば、大企業がベンチャー企業の製品を採用する場合の資金補助はどうだろう。ハイブリッド自動車や太陽電池を買って、国から補助金が出るのと同じ理屈である。ただでさえ、日本の大企業は、新しい技術の採用に消極的なのだから、そんな優遇策でもなければ、採用してもらえない。我々は、UV-LEDを様々なアプリケーション向けに販売するにあたって、大変苦労している。今までにない全く新しい製品で、尚且つ、実績のないベンチャーから資材を調達するのは、勇気を必要とする。にもかかわらず、多くの大企業が、当社のUV-LEDを採用してくださった。本当にありがたい話であり、担当の方々にはお礼の言葉もないほどである。一般的には、大企業から製品を買いたいと思うのが、担当者の心情だろう。何も、そんなところで男気を見せて、ベンチャー企業から購入して、万が一のことがあった時、自分の首をかける担当者は少ない。だから、そんな心配を担当者がしなくてもいいように、購入資材の一定割合をベンチャー企業から調達することを義務付ける等、思い切った施策が必要ではないか。そうしなければ、折角、産声をあげた日本の製造業ベンチャーは、ことごとく経営破綻するだろう。

現代社会は、すべてが安易な方向を向いている。効率を重視して、手っ取り早く売上を作って儲けるビジネスの方が、今の上場基準には適合し易い。本当にそんなに安易なことでいいのだろうか。日本から失われつつある製造業を復権させるために、時間と手間をかけて、社会全体でリスクを覚悟して育てて行く姿勢が必要だと思う。私は、これから先、どんなに苦労しようと、我々の夢を実現するために戦い続ける。最後に、今いる社員全員で作ったスローガンでこの章を締めくくる。

「Dream beyond Violet」(夢は可視光を超えて)

~光先端技術で未来を照らす~


平成17年2月

厄明けにあたって

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